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4-4 リーダーシップ - チームを動かす力

4-4-1 ポジションパワーとパーソナルパワー - 人を動かす力
4-4-2 クルーリーダーシップ
4-4-3 リーダーシップとフォロワーシップ
4-4-4 アサーション

  ここではあのテネリフェ島でのジャンボ機衝突事故のことを思い出していただきましょう。
以下はこの事故の事故調査報告書による事故要因を簡単にまとめたものです。

・管制官が2機を同時にRWYに進入させた
・KLM機が「管制承認」を「離陸許可」と誤認して離陸滑走を行った
・パンナム機が指示されたC3誘導路で滑走路を出なかった
・KLM副操縦士および管制官が標準でない用語(“We’re at takeoff”や“OK”など)を交信に使用した
・管制官とパンナム機双方が同時に送信を行ったために交信音声が打ち消し合ってしまい、三者それぞれに誤解が生じた
・KLM機の機関士が、パンナム機はまだ滑走路にいるのではないかと進言したにもかかわらず、機長は離陸を中止しなかった

  もちろんこれがすべてではなく、実際にはさらに多くの要因が複雑に絡み合ってこの悲劇を作り上げているのです。しかしCRMの観点で事故に至る経過を見ると、とりわけ大きな意味を持つ二つの場面が見えてきます。それは・・

KLM機の副操縦士は離陸を開始してもいいものか迷ったが、結局機長に対して何も言わなかった(言えなかった)

② 機長が離陸を開始した時、航空機関士が「パンナム機はまだ滑走路上にいるんじゃないですか?」と進言したが、機長は「もう出たさ!」と強い調子で答えただけで、離陸を中断しようとはしなかった

  結局この二つの場面におけるクルーの行動によって、犠牲者583名の最後の生還のチャンスは永遠に失われてしまったのです。

※危機管理的発想からすれば、登場人物たちの「想像力」があまりにも不足していたことが最も大きな要因であると考えられるのですが、この想像力については後章で触れることにします。

4-4-1  ポジションパワーとパーソナルパワー  - 人を動かす力

「権力」という言葉があります。一般的には政治あるいは国家が備える民衆に対する強制力を意味しますが、専制君主や独裁者がなりふり構わず追い求めるのもやはりこの権力です。

  一方ごく普通の生活の中における社会的強制力には「権限」があります。例えば裁判官には人を裁く権限が与えられ、警察官には挙動不審者を呼び止めて職務質問をする権限があります。こういった権限は社会の規範として存在するために、通常はこれに逆らうわけにはいきません。もちろん一般的な組織の中でも決裁権や人事権などといった逆らうことのできない権限があり、もちろん航空機の運航に関する機長の権限や、医療行為に関する医師の権限など、安全を担保するために法律によって与えられた非常に強い権限もあります。

  もう一つ、「強制力」というよりは「影響力」と呼ぶべき力が「権威」です。これは個人の持つ知識・経験・正しい情報といった高い専門性・正確性に裏付けられた「実力」であったり、あるいはその人が自ら備える人格・価値観そして包容性や開放性といった人間的な「魅力」といったものが、人を動かす力となるものです。


  こうして見ると、通常私たちの周りにはにはどうやら二種類の「人を動かす力」があるということになりますね。
  一つは「権限」に基づく力、すなわち組織における制度上の地位・肩書が持たせる力であり、それゆえこれをポジションパワーと呼びます。
  もう一つは「権威」に基づく力であって、その専門力、人間力、知性、誠実さ、勇敢さなどといった個人としての魅力が持たせる力です。そしてこれをパーソナルパワーと呼びます。  同じ「人を動かす力」でも、ポジションパワーは人を「力ずくで」動かす力で、パーソナルパワーは人が「自分から」動いてしまうような力だと言うことができます。

4-4-2  クルーリーダーシップ

  「リーダーシップ」という言葉は新聞などで目にする機会は多いでしょう。「首相としてのリーダーシップが問われる」とかいうように使われます。リーダーシップとはごくごく一般的には「指導者・統率者としての地位・任務」や、「指導者としての能力・資質(統率力・指導力)」などと定義されています。あるいは会社に入って何年かたって、ついに俺にも部下が!と本屋さんで必死に探すのが「リーダーシップ」の指南書だったりします。巷にはリーダーシップに関する情報はそこら中に転がっていて、わざわざここで解説する必要もありませんね。

  しかしCRMで言うリーダーシップはちょっとだけ違うのです。

【CRMにおけるリーダーシップ  = クルーリーダーシップ】

クルーリーダーシップとは、各人が自らの持つ知識や経験、疑問や意見、考え方などのリソースを、状況に応じて自発的積極的に口に出すことにより、チーム全体としての意思決定に大きな影響を与えることをいう


  つまりCRMにおけるリーダーシップは、その時々に必要なリソースを持ち合わせているチームメンバーが、積極的にリソースを提供することによってチームの舵取りをする、あるいはその方向性に大きな影響を与えることを言うということです。
  これは例えば、新人の副操縦士であっても、たまたま機長が持ち合わせていなかった知識を持っていて、「キャプテン、それなら私知ってます。それはこういうことです」と機長をサポートした場合、この時点では副操縦士がリーダーシップを取ってクルーとしての判断を引き出した、ということになるわけです。

4-4-3  リーダーシップとフォロワーシップ

  要するにクルーリーダーシップとは決して「リーダー」一人のものではないということです。これは「4-3-1 チームとは」で解説したチームマネジメントと全く同様の考え方で、通常語られるリーダーシップは「チームリーダーのリーダーシップ」と名付け、まったく別物として扱います。

  ということは、チーム内のメンバーそれぞれの役割が状況によって常に変化する、ということになりますね。ここではリーダーシップを取る人を「リーダー」、それ以外の人を「フォロワー」と呼びます。

・チームメンバーとしてチームの意思決定に積極的に自分のリソースを反映させたい、という意思を持って発言した時、その人はリーダーとなる
・リーダーとフォロワーは地位の上下には関係なく、その時他の人に影響力を与えるべき、あるいはその意思を持った人がリーダーとなり、フォロワーとはその影響を受ける人をいう
・リーダーの発言を尊重し、積極的に耳を傾ける姿勢を示したとき、その人はフォロワーとなる
・当然のことながら、状況が変わった次の瞬間にはその立場がまったく逆転して、今フォロワーだった人がリーダーとなることも、またその逆もあり得る

リーダーとフォロワー

  そうなるとフォロワーとなる側にもそれなりの姿勢が必要になります。つまり「リーダーシップを発揮している人のリソースをしっかりと受け止め、真摯に検討することによってチーム全体の意思決定に積極的に参画する姿勢」がそれであって、これを「フォロワーシップ」と呼びます。

  ちなみにチームの意思決定に関わる「チームリーダーのリーダーシップ」の特徴は迅速性です。例えば切迫した非常時などには力ずくででもチームを引っ張っていくチームリーダーの存在は絶対に必要です。そんな時に全員が集まって「誰かリソース持ってないか?」などと話し合っている暇はありません。そんな時にはチームリーダーが経験にものを言わせて一気にチームを引っ張っていけばいいのです。他のメンバーは全員でリーダーを補佐・支援し、必要なところではアサーションを発揮する、というのが完成されたチームワークです。

もちろんそれだけではなく、チームリーダーはメンバー全員の意思の統一を図り、さらには全員の行動様式を揃えるための決め事、要するにルール作りを行う責務があります。実はこの「環境設定」があって初めてCRMが生きてくるわけで、やはりチームにおけるリーダーの役割は大きいのです。

4-4-4  アサーション

  この項の最初に、テネリフェの悲劇において583名の生還の望みの糸を断ち切ってしまった二つの場面について書きました。

① KLM機の副操縦士は離陸を開始してもいいものか迷ったが、結局機長に対して何も言わなかった(言えなかった)
② 機長が離陸を開始した時、航空機関士が「パンナム機はまだ滑走路上にいるんじゃないですか?」と進言したが、機長は「もう出たさ!」と強い調子で答えただけで、離陸を中断しようとはしなかった

  「3-4-4 エラーコントロール」で解説したチェーンオブエラーを思い出してください。たとえエラーをしてしまったとしても、エラーチェーンのノンリターンポイント(これ以上進めばもう元に戻ることはできないポイント)を超える前にその連鎖を断ち切ってしまえば事故には至らないのです。
  このKLM機のコックピットクルーには次から次へとストレスがかかり続け、それによって交信内容への誤解や判断の誤りなどのエラーが起こり始めました。
  しかし最後に機長が実際に飛行機を加速させ始めた時、副操縦士が機長に対し「機長、クリアランスがまだです!確認しますからちょっと待ってください!」と叫んだらどうだったでしょう。それでも機長が止まらなかったとしても、続いて航空機関士が「機長、パンナム機はまだ滑走路にいるはずです!止まってください!」と叫べば、副操縦士も一緒になって「そうです!行ってはダメです!」ともう一度叫んだに違いありません。

  この悲惨な事故の調査報告書を読むたびに、「この時、もしこうしていれば・・・」という叶わぬ思いに駆られます。この二言があったならば、そして機長が二人の意見を受け入れて離陸を中止したならば、583名の尊い命は失われずに済んだのです。もちろん犠牲者のご遺族、友人の方々もまた、想像を絶するような深い悲しみと無縁でいられたはずなのです。

  みなさんならこんな状況になった時、目上の人に向かって意見を言うことができますか?もちろんこんな生きるか死ぬかという極端な状況でなくても、そんな葛藤に苛まれた経験は誰にでも一度や二度はあるでしょう。
  このように、チームが進んで行こうとする方向に何か問題や疑問があると思った時、そのことについて何らかの主張をすることを「アサーション」といいます。

  アサーションはアサーティブネス【Assertiveness:積極性、主張的会話、(相手に配慮した)自己主張など】の呼称として使われている言葉で、通常は「アサーションを心がけなさい(=積極的に口を出しなさい)」というような感じで使われることが多いようです。
  しかし物事はそう簡単には進みません。とりわけテネリフェの例のように、相手が立場的に非常に上位であり、さらには仕事に関する実力・経験・知識が圧倒的に勝っている場合はなおさらです。つまりポジションパワーもパーソナルパワーも何もかもに大きな差があるわけですから、そこで自分の意見をと言われても、そこまでの自信は普通は持ち合わせていないでしょう。「違う!」と言われればそれまでです。昔から「諫言耳に逆らう」と言われるように、上位の者にとっては耳が痛く、下位の者は切腹を覚悟で物申す必要があったのです。

  それではどうすればいいのか。実はアサーションは単に下位の者が主張することだけを求めているのではなく、上位の者が下位の者の意見を受け入れる姿勢を示すこともまた求められている、ということを理解することがまず必要です。
  これは要するに、下位の者が思ったことをまずは口に出せる程度の環境を、上位の者が作ってやることが重要であるということで、そのためには何といっても自分の社会的強制力、とりわけポジションパワーをうまくコントロールしなければならないのです。

  この表で上の二つ、受容と傾聴は主として「上位の者向け」です。まず相手を受け入れ、その上で相手の言うことに真摯に耳を傾ける姿勢を見せることで、相手のアサーションを引き出すことができます。
  下の三つはアサーションを行う時の順序を示しています。いくら正しいことだと信じてはいても、いきなり「主張」を繰り広げてしまえば、相手は戸惑いを通り越して怒りすら覚えるかもしれません。何か違和感を感じたらまずは質問するのが一番です。例として広島空港の着陸失敗事故を起こしたアシアナ機の副操縦士の立場ならどう言うべきだったかを見てみましょう。


「もう少し行ったら(滑走路が)見えますかね?」
「どこまで行きますか?」

  質問によってわずかな疑義が伝わればそれでよし、それでも状況が変わらない時は思い切って自分なりの意見を述べましょう。

「なんか見えない感じですね」
「もうやめた方がいいですね」

  この段階までは、できればこのように主語を自分にしておきます。つまり「私は」こう考えます、という形の文章にして相手を名指しで非難する語調にならないように注意します。これは「私メッセージ」といい、人間関係を良好に保つためのコミュニケーションスキルの一つですが、そのことについては後ほど解説します。

  とにかくそれでも状況が変わらず、事態はすでに「危険」の領域に達したと思ったらもう遠慮はいりません。相手を動かす意図をもって主張していいのです。

「機長、このままでは危ないです!やめてください!」
「ゴーアラウンド!」(着陸中止!)


  どうでしょうか。単にアサーションといっても様々な要素を考慮した上で行うことが、効果もさることながらその後のチームの人間関係にもいい影響を与えることになるはずです。
  ちなみにアサーションの行きつくところは「命令」です。危険を避けるための最後の主張には人間関係も何もありません。余計な言葉も丁寧語も省いて単純に必要な単語だけを叫ぶことが最も効果的なのです。

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