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4-1 広島空港 雲と霧の陥穽

4-1-1  アシアナ162便
4-1-2  降下開始~進入開始点
4-1-3  進入開始~1,000ft 
4-1-4  1,000ft~ミニマム 
4-1-5  ミニマム~接地  

  2015年4月14日、広島空港において着陸寸前のアシアナ航空162便(A320型機)が、滑走路手前の地上に設置されたアンテナに主脚をひっかけ、そのまま滑走路上に接地したもののコントロールを失い、大きく滑走路を逸脱して草地上で停止するという事故が発生しました。この事故については運輸安全委員会が平成28年11月24日付けで航空事故調査報告書を発翰しています。ここでは例によってこの事故調査報告書に基づいて、アシアナ162便のコックピットで何が起きていたのかを見てみることにしましょう。

4-1-1  アシアナ162便

  この日アシアナ航空162便は乗客74名乗員8名を乗せて韓国仁川国際空港を18時30分(午後6時半)に離陸、日本海を越え島根県境港近くの山上に設置された無線標識上空付近を通過した後、広島空港に向かって順調に飛行を続けていた。クルーは目的地の気象情報を取得した上で機器のセットアップを行い、二人の間のブリーフィング(事前の打ち合わせ)も十分に行われた。

仁川-広島 飛行ルート


  その後162便は巡航高度である33,000ftから降下を開始し、その途中からレーダー誘導を受け、ランウェイ28に向けて着陸のための進入を開始した。しかしその頃から空港周辺には霧が流れ込み、地上視程は4km以下に急激に低下してきた。


  広島空港は日本の空港の中でも、とりわけ天候悪化による欠航便の多いことで知られている。とにかく空港が設置された場所が悪い。山の上を切り開き平らにならしたところに滑走路が作られたのはもう30年近くも前のことだ。標高はおよそ330メートルあり、その山肌に瀬戸内海からの湿った風が吹き込むと、斜面を這い登った雲は濃い霧となって、あっという間に滑走路を覆いつくしてしまうのだ。

  似たような空港は他にもある。九州の熊本空港と北海道の釧路空港だ。これら三つの空港の立地条件は似通っており、ともに山の上に作られた空港で霧の出やすい気象特性もよく似ている。そのためこれら三つの空港には、日本では最も早い時期にCAT-Ⅲ ILS(カテゴリースリーアイエルエス:計器着陸誘導装置の中でも最も高い精度を有する飛行援助施設で、視界ゼロでの着陸を可能にする装置)が設置され、定期便の欠航率を大幅に減少することに成功している。

  ところがだ、この肝心なCAT-Ⅲ ILS装置は滑走路の片方側にしか設置されていない。広島の場合はランウェイ10(東向き100度方向に向いた滑走路)、熊本の場合はランウェイ07、そして釧路はランウェイ19だ。その反対側のランウェイは進入降下してくる地域に山があったりして、ILSシステムの設置基準に満たないため設置は見送られている。釧路の場合は年間を通じて、霧が発生するのは海からの南風の時がほとんどという理由もある。
  飛行機は着陸時の追い風15ノット(風速約7.5メートル)までは許容されるが、着陸重量が重い場合や、滑走路面が雨などで滑りやすくなった場合には、更に制限が厳しくなる。通常着陸は向かい風で実施され、使用滑走路はその時の風向風速によって決定されるのだ。従ってCAT-Ⅲ ILSで降りなければならないほど視程の悪い日でも、追い風が強いと自動着陸はあきらめて反対側のランウェイへ回り込み、目視による着陸を試みなければならなくなったりするのである。


  この日はまさにそんな日だった。西からの風が時折10ノットを超えて吹いており、ランウェイ10へのCAT-Ⅲ ILS(CAT-Ⅲ ILSの場合は追い風は10ノットに制限される)はあきらめざるを得なかったのだ。その場合ランウェイ28へのRNAVアプローチを実施することになる。  このRNAVアプローチとは、慣性航法装置とGPSを組み合わせて得た正確な位置情報を使用して、着陸滑走路まで進入する着陸方法である。山などの障害物を避けて自由な進入経路を設定することが可能で、この数年の間に一気に各空港へ導入されたものではあるが、直進性の強い電波を使用したILS装置よりは精密性が劣るため、着陸直前には滑走路を目視しながら手動で着陸しなければならないのだ。

RNAV RWY28 アプローチチャート


  広島空港ランウェイ28のRNAVアプローチは、基本的には滑走路の11マイル(ノーチカルマイル:海里、11マイルはおよそ20キロメートル)手前のVISTAというポイントから始まる。ここを3,300フィートで通過した飛行機は、滑走路からおよそ7.5マイル手前の地点から降下を開始し、降下角度3度のパス(降下経路)を守りながら降下して、進入限界高度(ミニマム)の1,500フィート(滑走路標高から433フィート/およそ130メートルの高さ)まで降下する。そしてこの時点で滑走路を視認できればそのまま進入を継続し着陸する。もし滑走路を視認できなければ、ただちに着陸復行(やり直し)のための上昇を開始することになっている。つまりこの1,500ftというのが「決心高度」というわけだ。

4-1-2  降下開始~進入開始点

  18:58頃、162便は巡航高度のFL330(フライトレベル33,000ft)を水平飛行中だった。副操縦士はデジタル通信回線を使って最新の気象情報を確認している。ACARS(エイカーズ)と呼ばれるこの装置は、気象情報のみならず、予定到着時刻の通報などの社内通信や飛行実施計画の変更、最近では管制塔との管制承認に関わるやり取りに至るまで活用されるようになったものである。このACARSにより従来の無線通信で起こりがちだった聞き逃しや聞き間違い、やり取りに時間がかかるなどの無駄やリスクは大幅に減少しており、運航の安全性の向上に大きく貢献している装置であることは間違いない。

ACARSにより入手した広島空港の最新気象情報は、地上視程が4kmで低い雲が垂れ込めた、あまり上等とは言えないが運航には支障のない程度の天候であった。その後機長は副操縦士に対し、レーダー誘導による進入・着陸となること、および着陸後のタクシー(地上走行)経路等を二人で確認し、さらに何か気付いたことはいつでも助言してくれるよう、また滑走路標高が高いことを考慮するよう話した。飛行機の高度計は海抜高度(平均海面からの高さ)を指示するように常に気圧補正されており、飛行場標高が高ければ、対地高度(飛行場標高からの実際の高度)は高度計の指示よりも標高分低いことになるからだ。

  到着予定時刻30分前、副操縦士はATIS(アティス:飛行場情報放送業務による空港情報)を受信して最新の気象情報等を入手し、フライトコンピューターに必要情報をセットした。  それから機長は再び副操縦士に対し進入から着陸の詳細なやり方、および万が一進入が不安定になった場合のコールアウト(声かけ)を依頼した上で、標準の手順に従うことをあらためてブリーフィングした。
  このように、ここまでは機長の副操縦士に対するブリーフィングは十分に行き届いており、機長の意図はクルー間で完全に共有されていたはずである。

レーダー誘導経路

  到着予定時刻15分前、広島空港レーダーの管制官は、進入開始点であるVISTAポイントに向けてレーダー誘導を開始することを162便に伝え、最初の旋回を指示した。162便はレーダー誘導に従いMONTAポイント付近を高度約4,800ft、速度207ノット(時速約385キロ)で通過、その後広島レーダーは同機に、高度3,300ftへの降下及びRNAV RWY28進入を許可した。  VISTAポイントを高度約3,700ftで右旋回しながら通過した162便は、いよいよ最終進入にさしかかった。

4-1-3  進入開始点~1,000ft

  着陸5分前、162便は広島タワーと通信設定を行い、タワーは同機に地上の風は150度から4ノット(風速約2m/sec)であることを伝えた上でランウェイ28への着陸を許可、副操縦士は着陸許可を復唱した。  復唱した後副操縦士は「風が150°で4ノットなのに、なぜRNAV進入なんですかね?」とつぶやいたが、機長は特に何も言わなかった。

  ご存知の通り飛行機は向かい風でしか離着陸を行わないのが基本である。この日は使用滑走路が28(磁方位280度)であるので、風向150度というのは左後ろからの弱い風ということになり、計算上はおよそ2.5ノットの追い風になる。しかしこの日は概ね南西からの風が吹いており、特に山中では地形の影響で風向が定まらないこともあって、風向が少々変化するのは普通のことであるのだ。しかも風速はそれほど強くない。さらに管制官が使用滑走路を決定するにあたって考慮するのは風向だけではなく、その時間帯での離発着機の流れもある。1本しかない滑走路を効率よく使うためには、そうころころと変えるわけにはいかないのだ。

  そんなわけで副操縦士のこの独り言は、天候が悪化している状況でできればCATⅢ ILSで降ろしてもらえればいいのに、との思いが思わず口をついて出てしまったものであろうと推測できる。

  7.5マイルポイントに近付いたことを確認した機長は、副操縦士に着陸装置を下げる指示を出した。

「スピードチェック、ギヤダウン!、フラップ3!」(速度は確認した。着陸用の車輪を下して、フラップを3の位置にしてくれ)
「はい、ギヤダウン、フラップ3」

  副操縦士は速度計をちらっと確認しながら着陸装置のレバーをダウンにし、続いてフラップレバーを3のポジションまで引き下げた。ランディングギヤもフラップも、それぞれ操作に関する制限速度が決められているため、上げ下げする操作のたびに速度を確認するのが習慣になっているのだ。
  10秒ちょっとでゴトゴトンという音とともにギヤダウンが完了し、計器盤の3つの緑ランプが点灯した。これは前輪と主輪二つの計3か所の車輪が着陸位置まで降り、しっかりロックされたことを示す指示灯である。ほぼ同時にフラップ位置指示計も3の位置で停止した。

(機長)「フラップフル!」(フラップをフルダウンにしてくれ)
(副操)「スピードチェック、フラップフル!」(フラップをフルにします)
(副操)「フラップフル!」(フラップがフルダウンになりました)
(機長)「ランディングチェックリスト!」(着陸チェックリストを読み上げてくれ)
(副操)「キャビンクルー」(客室乗務員)
(機長)「アドバイスト!」(連絡済み)
(副操)「オートスラスト」(オートスロットル)
(機長)「スピードモード!」(スピードを維持するモード)
(副操)「オートブレーキ」(接地後の自動ブレーキ)
(機長)「ローモード!」(弱モード)
(副操)「ECAMメモ」 (ECAM(集中航空機モニター)の画面に表示される確認項目)
(機長)「ランディング・ノーブルー(Landing No Blue)!」
(着陸に関する確認項目がすべて実施済みで、表示がすべてブルーからグリーンに変わっている)
(副操)「ランディングチェックリスト イズ コンプリーテッド!ランウエィ28、クリアトゥランド(Cleared to land)!」(着陸チェックリスト完了しました。ランウェイ28着陸許可オーケーです)
(機長)「了解!」

「もしもゴーアラウンドしたら、TOGAでフラップ1段上げ、ポジティブクライムでギヤアップね」
  機長は副操縦士に対し、万が一着陸復行した時に備えて手順の再確認を行った。これは機長がスラストレバーを一杯に前に出してTOGA(Takeoff/GoAroundポジション)にしたらフラップを1段上げ、飛行機が上昇し始めたらギヤを上げる、という一連の操作手順である。いざ突発的な事態が起こったとしても、このように簡単なおさらいをしておくだけで手順はスムースに流れるものだ。パイロットたちは様々なフェーズでこのような簡単なブリーフィングを行うことが習慣となっている。

(副操)「ファイナル、3,000ft!」(ファイナルアプローチフィックスを通過しました。高度は3,000ft)
  ファイナルアプローチフィックスを通過した162便はゆっくりと降下を続けている。高度が2,800ft(飛行場標高から約1,700ft)を過ぎたころ、前方の雲の間から滑走路がぼんやりと見えてきた。

(機長)「あれ、ランウエィ?」
(副操)「あれランウエィですね」
(機長)「なんか見え方が変だね・・」
(副操)「そうですねえ、微妙に・・」
(タワー)「Wind check, 120 at 4, RVR touchdown 1,700」(現在の風は120度から4ノット、滑走路接地点付近の滑走路視距離は1,700mです)

  このRVR(Runway Visual Range:滑走路視距離)というのは、滑走路のすぐ脇に設置された透過率計によって測定された、実際に光が透過することのできる距離であって、管制官が目視で判定する「視程」よりはるかに精密な「視認可能距離」のことを言う。この日のRNAV RWY28アプローチに関しては、進入開始前にはこのRVRが1,400m以上なければならないと決められている。つまり状況はさらに厳しくなってきた、ということを意味しているのだ。

(機長)「オートパイロットオフ!」(オートパイロットをオフにするよ)
(副操)「はい、チェック!」(オートパイロットオフ確認しました)

  高度2,100ft(対地約1,000ft)に近付いたところで機長は自動操縦装置を切り、以後は手動で操縦を続ける態勢に入った。副操縦士は機長の指示に従って細々とした計器類のセッティングをしている。

進入断面図

  ところで、雲の中を飛んでいる飛行機が着陸滑走路にたどり着くためには、進入コースと降下経路(パス)という2つの要素についてのガイダンスが必要である。たとえばILS進入であれば、それぞれローカライザーとグライドパスと呼ばれる、水平方向と垂直方向に対する偏位を知るための電波により精密な進入が可能になる。この広島空港のようなRNAV進入では、水平方向は慣性航法装置にGPSを組み合わせたLNAV(Lateral Navigation)と、コンピューターが計算して作り出した仮想の降下経路を利用するVNAV(Vertical Navigation)とがコースとパスに対する偏位を指示してくれる。つまり対地高度1,000ftまではオートパイロットがこのLNAV/VNAVからの信号に従って、正確に飛行機を降下させてきてくれたわけだ。

  ところが機長は1,000ftに差し掛かるところでオートパイロットを切り手動操縦に切り替えた。そしてコースに関しては滑走路からのトラック(延長線)に合わせるように操縦し、パスに関してはFPA(Flight Path Angle)と呼ばれる、降下経路の角度を指示する装置を頼りに降下を続けたのだ。通常着陸進入時の降下角度は3度が標準となっており、この日も機長は3度の降下角になるように操縦していたわけだが、よく考えればこの方法は外界との関係性は一切絶たれており、やみくもに降下を続けていたと言っても差し支えない状況になっていたのだ。  実際162便は対地高度700ftを過ぎるあたりから正しいパスを外れ始め、わずかずつ低くなりながら地面に近づいて行った。

  その頃空港に設置されたRVR装置は1,400mの値を観測していたが、すでに進入を開始している162便にとっては、RVRがどうなろうが後は決心高度で滑走路が見えるかどうかしかないのだ。

4-1-4  1,000ft~ミニマム

  飛行機は対地高度1,000ftを通過した。副操縦士は「ワンサウザンド!」(対地高度1,000ftです)とコールし、機長は素早く飛行計器をスキャンしてから「スタビライズド!」(飛行機は安定している)と答える。これも規程で決められた手順の一つだ。

(副操)「あ~、キャプテン、雲が微妙に立ち込めてます!」
(機長)「いや~、まいったな~これ」
(機長)「あれ?これは・・」
(機長)「う~ん、とりあえず見えてるからこのまま行くよ」
(副操)「はい、わかりました」
(A/C) 「ワンハンドレッド アバブ(One hundred above)」(飛行機の自動音声)
(副操)「ワンハンドレッド アバブ(One hundred above)」(ミニマム-進入限界高度-まであと100ftです)
(機長)「チェック!」(了解)
(副操)「わ~、見えてたのに見えなくなった!」
(A/C) 「ミニマム!」(飛行機の自動音声)
(副操)「ミニマム!」(ミニマムです!)
(機長)「コンティニュー!」(進入継続する!)
(副操)「あ~、ランウエィが見えません!」
(機長)「ちょっと待って」

  機長は上空で副操縦士に対し、全ては規程で定められた手順に従うことを宣言し、さらに進入復行の手順までをおさらいしたはずであった。しかしこのような緊迫した状況の中では、極限の集中力が思わず行き過ぎてしまい、このまま行けば見えるはずだ、ついさっきまで見えていたのだ、といった思い込みに変化してしまうことはそれほど珍しいことではない。それが人間の特性なのだから。

  その頃ランウエィ28のタッチダウンRVR値は450mまで低下していた。

4-1-5  ミニマム~接地

  「ちょっと待って!」と機長が再度言った。機長はまだこだわっていたのだ。すぐに見えるはずだと。

「RAをよく見といてね!」
「はい!」
  言われた副操縦士は早速RAの値を読み上げる。
「RA600(フィート)!」、「RA500(フィート)!」

  このRAとは電波高度計(Radio Altimeter)のことで、飛行機の底面のアンテナから発射された電波が地面に当たって跳ね返ってくる時間を計算して精密な高度を表示する計器である。
  ところがちょっと先ほどの進入断面図をもう一度見ていただきたい。ご覧の通り広島空港ランウェイ28への着陸コースの真下は深い谷になっているのだ。そう、広い平地に作られた滑走路であれば、着陸進入中のRAは飛行機の降下率に正確に比例した減少率で高度を指示するはずである。ところが広島空港のように進入コースの下の地面が平らではない状況では、RAの指示は自機が正確な進入コースに乗っているかどうかの判定材料にはならないのだ。従ってこの機長の副操縦士に対する指示は全く意味がないどころか、かえって状況認識に混乱を与える結果となってしまった、ということになる。

  パイロットであれば半ば常識でもあるこの知識を、このクルーが持ち合わせていなかったとはまず考えにくく、これもやはり高い緊張を強いられる状況のなせる業だったのかもしれない。しかも機長と副操縦士の二人ともが、である。

  RAのオートコール(飛行機の自動音声)が500ftから始まった。コックピットボイスレコーダーに残されたオートコールの発声時刻を見ていただこう。

20:05:07.2    500(ファイブハンドレッド:オートコール)
20:05:07.5    400(フォーハンドレッド:オートコール)
20:05:08.8    300(スリーハンドレッド:オートコール)
20:05:10.0    200(ツーハンドレッド:オートコール)

  ご覧の通り、500ftから400ftまではわずか0.3秒、その後も100ft毎におよそ1秒ちょっとしかかかっていない。通常の着陸進入の降下率は大体700~800ft/min(1分間に降下する高度)であり、750f/mなら100ftはおよそ8秒かかるはずなのだ。これはすなわち飛行機が谷を越えて崖っぷちの急斜面を通過していたことを意味している。

20:05:10.8    「No Runway!Go-around!」(滑走路が見えない!ゴーアラウンド!:機長)
20:05:11.0    100(ハンドレッド:オートコール)

  機長は直ちにスラストレバーを最前方に押してTOGA位置にセットしながら操縦スティックを手前(機首上げ方向)一杯に引いた。しかし飛行機は慣性に阻まれて直ちに上昇することができず沈下をつづけ、すぐに「フォーティ!」のオートコールがあった。

  それからの2秒間はクルーにとって長かったのか短かったのか、それを知る由もないが、その瞬間CVR(コックピットボイスレコーダー)に大きな音が記録されたのを最後にCVRの作動は終了した。

  正規のパスより15mほど低い高度で飛行場に進入した162便は、滑走路の手前360mに設置されている高さ4mのローカライザーアンテナ(反対側のランウェイ10へのILS進入用)に脚部を引っ掛け、主脚やブレーキシステム等が破壊された。  アンテナや自機の破片を吸い込んだことによりエンジンの推力が失われた162便は、滑走路が始まる少し手前の草地に接地、その後滑走路上を滑走していったものの途中で左に偏向し、滑走路横の草地を滑走して最終的に空港敷地南側境界のフェンス手前で停止した。

広島空港


  162便には乗客73名を含む計81名が搭乗していたが、全員が脱出シュートを使用して事故機から脱出することができた。脱出時の混乱で28名の乗客が軽傷を負ったが、事故の規模からすれば奇跡的に小さな人的被害であったと言えるであろう。



  この事故についてはもちろん直ちに事故調査委員会による綿密な調査が行われ、2016年になって事故調査報告書が出されました。  さらにこの報告書に基づき、事故調査委員会は韓国国土交通部に対して以下の項目に関して是正を求める勧告を行っています。

【安全勧告 (事故調査報告書より抜粋)】
韓国国土交通部はアシアナ航空株式会社に対し、以下の事項を指導すること
・会社手順及び運航乗務員の訓練について再検討した上で、運航乗務員 に対して規定の遵守の重要性を再強調すること
・進入限界高度未満への進入においては、あくまでも目視物標を主たる参照としなければならず、計器は補助として適切に使用することを教育及び訓練を通じて徹底すること



  他国で起こした航空事故については、事故が起こった国の当局が起こした側の国当局並びに航空会社に対して安全勧告を行うのが通例となっているのですが、この勧告もそれに倣ったものになっています。しかしここではその勧告よりも、事故報告書の詳細な内容から要点を3つに絞り込んでおきましょう。

① 規程の不遵守および標準操作手順からの逸脱
② モニターおよび相互監視業務の不足など、コックピットにおけるCRMの機能不全
③ これらの項目に関する組織による教育・訓練不足


  次項からはこの事故報告書の要点を起点として、コックピットクルー、ひいては「チーム」というもののあり方について考えてみましょう。

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