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4-5 コミュニケーション - 言葉と心を伝える力

4-5-1 ANA18便とANA181便
4-5-2  コミュニケーションエラーと人間
4-5-3  言葉を伝えるコミュニケーション
4-5-4  ミニマム サークリング
4-5-5 心を伝えるコミュニケーション

4-5-1  ANA18便とANA181便



松山発大阪行き442便

  その日は松山ステイ(運航宿泊)明けの大阪行き初便である442便乗務で始まり、その後大阪仙台の733便、そして仙台那覇の463便に乗務してから那覇ステイと、かなりハードなスケジュールであった。

  ホテルで朝食をとり、タクシーにピックアップされて松山空港にショーアップしたのは朝の6時40分。早速その日の地上天気図と高層天気図を確認してから、ディスパッチャー(運航管理者)の用意したフライトプラン(飛行計画)をチェックする。当時の松山から大阪への標準ルートは、離陸後海の上で旋回した後に松山上空へ戻ったあと、まっすぐ高松に向かい徳島上空から紀伊水道を越えて泉南の信太(しのだ)VOR/DME(無線標識:2017年に廃止)、そして八尾空港上空で左旋回して大阪国際空港ランウェイ32Lへの最終進入コースに会合する、というものだ。

  気象状況に何の問題もなかったその日のフライトプランは当然この標準ルートの通りに作成してあり、高度もまたB767としては標準的な19,000フィート(およそ5800メートル)で予定されていた。今日のフライトに支障のあるNOTAM(*)が出されていないこと、および危険品の搭載等がないことも確認して飛行計画書にサインをする。これが毎フライトごとに行わなければならない機長の責務なのだ。

(*) NOTAM(Notice To Airmen):ノータムとは空港施設、航空路・航空保安施設、運航方式の変更や危険情報等について、 パイロットや運航関係者に対して提供される情報のこと


  442便は150名ほどの乗客を乗せて定刻に松山空港を出発し、ランウェイ32から何事もなく離陸した。この便のPF(Pilot Flying:操縦担当)は右席の副操縦士に任せ、機長の私は左席でPM(Pilot Monitoring)として、フライト全般のモニターと管制官との交信を担当していた。

大阪空港進入コース

関西アプローチ

「Good Morning, KANSAI Approach, All Nippon 442, Information D」(関西アプローチ、おはようございます。こちらANA442便です。インフォメーションデルタ確認済みです)
「Good Morning, All Nippon 442, KANSAI APProach, RADAR Contact. RADAR vector to MIDOH, Turn left heading 080, descend and maintain 12 thousand」(おはようございます、442便。こちらは関西アプローチです。レーダーで捕捉しました。御堂ポイントまでのレーダー誘導を開始します。左旋回して進路080度に向け、12,000フィートまで降下してください)

  イニシャルコンタクト(最初の通信設定)で付け加えた「インフォメーション(デルタ)」について説明しておこう。
  ほとんどの空港にはATIS(Autmatic Terminal Information Service)という無線チャンネルが設置されている。このATISは最新の空港気象情報と使用滑走路、その他必要な情報を30分ごとに更新しながら自動送信するシステムで、更新されるたびに「A」から「Z」までの符号が付けられる。従ってその符号を最初に通報することによって、自分たちは最新情報を持っていますよということを管制官に知らせることができるのだ。

  こうして針路を指定されながら高度を次第に下ろしていくわけだが、管制官の誘導に従っているからといってぼーっとしているわけにはいかない。なにせこの関西空港付近の上空は西から南から、さらには東からの便も紀伊半島を回りこんできて、3つの空港のいずれかに着陸しようとする航空機が目白押しだ。特に地方空港からの上り初便が到着する朝の9時ごろはさらに激しい混雑となる。外部の監視を続けながらも、常にヘッドセット(ヘッドホン)から聞こえてくる無線の会話を頼りに他の飛行機の動向を見極めておき、いつ自分の便のコールサインが呼ばれても直ちに反応できるようにしておかなければ、他の飛行機に迷惑をかけるどころか、時には危険な状況になりかけることだってあるのだ。


  そんな時管制官が442便を呼んだ。
「All Nippon 442, descend and maintain 8 thousand」(442便、8,000フィートまで降下してください)

  待ってましたとばかりにマイクボタンを押そうとした途端、別の飛行機からの応答が割り込んできた。
「Roger, All Nippon 402, descend and maintain 8 thousand!」(オールニッポン402便、了解。8,000フィートまで降下します)

「違う!」思わず叫んだが、もちろんマイクに向かってしゃべらなければ相手には聞こえるはずもない。だがさすがは管制官である。直ちに反応し、落ち着いた声で間違いをただす。
「Negative!  All Nippon 442, All Nippon 442, descend and maintain 8 thousand」(違います!呼んでいるのは442便です。442便、8,000フィートまで降下してください)

  そこですかさずこちらの出番だ。
「All Nippon 442, descend and maintain 8 thousand」

  この「442」のところを強く、そしてゆっくり目にしゃべるのがミソなのだが、実は当時九州各地から続々と戻ってくる便の内のいくつかが、非常に似通った便名を持っていたのだ。松山からの442便のほかに402便、422便、244便などがほとんど同じような時刻に到着してくる。間違えてくれと言っているようなものだ。

「似たような便名が多いからね、とにかく気を付けないと危ないよ。管制官だっていつもああやって訂正してくれるとは限らないしね」

  操縦している副操縦士に向かって私はこう語りかけた。しかし偉そうに言いつつも、実は自分に対しても言い聞かせているつもりでもあったのだ。

「ちょっとでもおかしいと思ったら、とにかく確認するのが一番だよ」

大阪タワー

  そんなことがありながらも飛行機は御堂ポイント手前で大阪空港ランウェイ32LへのILSアプローチを許可され、さらに大阪タワー(飛行場管制官)にコンタクト(交信開始)するように指示された。

「OSAKA Tower, All Nippon 442, approaching MIDOH, Spot 7」(大阪タワー、442便は間もなく御堂ポイント。到着予定スポットは7番です)
「All Nippon 442, runway 32L, continue approach」(442便、ランウェイ32Lへ進入継続してください)

  この「コンティニューアプローチ」というのは、今は滑走路が他の飛行機に使用されており、着陸許可はまだ出せませんよ、という意味の管制用語である。
  さらに「ランウェイ32L」という言葉を挟んでいるのにも訳がある。というのも、大阪国際空港には2本の滑走路があるからだ。進入方向に向かって左側がこれから着陸しようとしている32Lで、右側が32Rと名付けてある。もちろん右(Right)の「R」と左(Left)の「L」なので、南風が吹いて反対側の滑走路に降りなければならない時は、それぞれ「14R」と「14L」となる。

大阪空港の滑走路(正面がランウェイ32L、右奥がランウェイ32R)
※この写真では滑走路端の「32L」の標識は補修のために消されています



  32Lの滑走路長3,000メートルに対し32Rは1828メートルと短いため、通常はB767型機以上の大型機は32Lを使用し、それより小さい飛行機は32Rが割り当てられる。しかしトラフィックが多い(離着陸機の交通量が多い)時には中型機や小型機が32Lへの着陸を指示される場合も結構あるのだ。そんな時パイロットが右と左を間違えてしまうと大変なことになる。そういうわけで大阪や東京、成田、千歳などの平行滑走路を持つ飛行場の管制官は、このような場合必ず滑走番号を付け加えて間違いを防止しているのだ。
  ちなみに1本しか滑走路を持たない飛行場でも、管制官が離陸及び着陸の許可(テイクオフクリアランス、ランディングクリアランス)を発出する場合には、必ず滑走路番号を通報するように決められている。


  このようにATC(本来はAir Traffic Control:航空交通管制のことを指すが、航空界では管制官とパイロットの間の無線通信のことを「ATC」と呼び習わしている。Air Traffic Conversationsだという説もある)は、パイロットと管制官を繋ぐ唯一の情報交換手段であり、絶対に間違いの許されないものであるがゆえに、このように様々な工夫や決め事がちりばめてあるのだ。
  しかし、それでもなお・・・

混乱の空港

  この日は天候が良く、まだ飛行機が大阪市街中心部上空に差し掛かる前から滑走路をはっきりと視認することができた。気流もよく、右席の副操縦士も余裕を持って飛行機をコントロールしている。ヘッドセットから我々の次に着陸する予定のジャルエクスプレス2200便が大阪タワーにコンタクト(通信設定)している交信が聞こえてきた。このタイミングならインターバル(着陸機同士の間隔)も十分だ。着陸後のランウェイ離脱も焦ることはない。

  左下に見えている大阪城の上空に間もなく差し掛かろうかという時に、管制塔から着陸の許可が来た。
「All Nippon 442, runway 32L, cleared to land, wind 340 degrees at 5 knots」
「Roger, All Nippon 442, runway 32L, cleared to land」

「オーケー、クリアトゥランドだ。風は300度から5ノット!」
「了解!クリアトゥランド!」

  さあ、ここから最後の締めだ。操縦者にとって最も集中力が必要な時間だが、それとともに緊張感も、そして高揚感もまたいやがうえにも高まっていく。

  コックピットウィンドウからは壮大な景色が広がっていた。もう目前には大阪空港の滑走路が迫ってきてはいるが、右方には豊中、池田両市が広がっていて箕面の五月山の全体を眺めることができる。左方は兵庫県伊丹市、そして武庫川の先は宝塚から三田にかけての山地が広がっている。
  とはいうもののゆっくり景色を眺めている暇などもちろんない。

  ヘッドセットからは「All Nippon 181(ワンエイトワン) with you, ready for departure」(オールニッポン181便です。離陸準備完了しています)というATCが聞こえている。飛行場に目をやると、着陸滑走路わきの平行誘導路には大型機がゆっくりと離陸開始誘導路であるW-2に近付いてきている。ANAの18便、羽田行きのB777だ。そして向こう側の32R滑走路端に近づいている双発ターボプロップ機の姿も見えている。
  今のATCは多分向こうの飛行機だろうな。我々が着陸した後にどちらかが離陸するんだろうけど、位置からすると18便かな。だけど後ろからも着陸機が来てるから、あっちが先なら我々は32Rを横断する前に待たされるかもしれないな・・。
  一瞬ではあるが、こんなことが頭の中をかすめていく。これから先のことを常に意識していなくてはならないパイロットの宿命だ。

大阪空港 ランウェイとタクシーウェイ



  飛行機がThreshold(滑走路端)を通過し、操縦している副操縦士の体に力が入るのが横目で分かる。「Thirty!」、「Twenty!」、「Ten!」とRadio Altimeter(電波高度計)のオートコール(自動音声)とともに機のノーズがぐーっと持ち上がって降下率が減少し、ナイスフレア(引き起こし)だ、いつタッチダウン(接地)してもいいぞ!と思った瞬間、飛行機はランウェイ32Lに見事な着陸を決めていた。

「オーケー!ナイスランディングだ!」
  こんなプロフェッショナルな場面では言葉を選ぶ必要はない。良ければ褒める、だめならきちんと必要なことだけを伝える、それだけだ。

  W-8誘導路へ右折するため徐々に減速している間に再び管制官の声がヘッドセットから聞こえてきた。

「All Nippon one-eight-one, runway 32R, line up and wait(ANA181、32Rに 進入し、待機して下さい)」

  ああ、32Rの方が先だったんだな、と思いながら聞いているとすぐに181便のリードバック(復唱)が入ってきた。とするとやっぱり我々は32Rの手前で少し待たされることになるな。

  実はこの時、181便のリードバックと全く同時に18便の方もまたリードバックを行っていたのだった。管制官の「ワンエイトワン」という呼びかけを「ワンエイト」と聞き違えてしまったのだ。自分たちの方が先に離陸させてもらえるといいな、という期待感がそうさせてしまったのだろうか。
  しかしその声は181便のボイスと完全に重なってしまい、我々のの耳には届かなかった。もちろん管制官にも。


  実はこの現象は先に紹介したテネリフェの悲劇の中で、KLM機とパンナム機の送信が重なってしまった場面にも登場しているが、テネリフェではザーッというノイズで全てがかき消されてしまったのに対し、ここではなぜか18便からの電波が弱く、181便からのボイスで完全に上書きされてしまったために、誰もがさらに違和感なく通り過ぎてしまったものと後の調査報告書が述べている。

「All Nippon 442, hold short of runway 32R for departure aircraft」(442便、ランウェイ32Rとの交差点手前で止まって待機してください。出発機があります)
「Roger, hold short of 32R, All Nippon 442」(了解しました、待機します)

  私のリードバックを確認した管制官は、続けて181便に対し離陸許可を出す。
「All Nippon 181, traffic 4 miles for runway 32L, wind 350 at 8, runway 32R, cleared for take-off」(全日空181便、32Lへの到着機が滑走路から4マイルの地点にいます。風は350度から8ノット、ランウェイ32Rから離陸支障ありません)

  続いて管制官は後続の2200便に32Lへの着陸許可を発出した。
「Japan Air 2200, runway 32L, cleared to land, wind 350 degrees at 5 knots, depature aircraft from runway 32R」(2200便、32Lへの着陸支障なし。32Rからの出発機がいます)

  しかしちょうどその時、32Lに近づいていた全日空18便は何の疑いもなく滑走路に進入しようとしていた。クルーは先ほどの181便への滑走路進入許可を、自分たちに向けたものだと思い込んでいたのだ。なぜなら、リードバックした後に管制官が何も言わなかったから。しかしそれは単にこちらの声が向こうに届いていなかっただけなのだが。

「ライトサイド、ランウェイクリア」(右サイド、ランウェイはクリアです)「レフトサイド、ファイナルに一機」(左サイド、進入中の一機あり)
  進入機の距離から見て離陸許可はすぐに発出されるだろう、機長はそう考えていたに違いない。普段より気持ち多めのパワーを使って速度を速めていたかもしれない。

間一髪

  2200便のクルーは着陸許可をもらい、リードバックをしながらも何か違和感を感じていた。滑走路手前で待機するはずのB777機が止まろうとしている感じがしないのだ。かなりの速度で滑走路に近付いてくる。そしてついにそのまま停止線を越えてランウェイに鼻面を突き出した。

「キャプテン!あの飛行機入ってきてます!」、「おぉ、そうだな!」
「大阪タワー、2200です。32Lに飛行機が入ってきてます!」

  管制官があわてて32Lの離陸開始点を見ると、確かに18便が滑走路上で離陸方向に向けて旋回しているのが見えた。

「Japan Air 2200, standby. Break(ここで話・相手を変えますの意), All Nippon 181, Cancel Take-off Clearance, hold your position」(2200便、スタンバイしてください。181便、離陸許可を取り消します。そこで止まっていてください)
「Break, Japan Air 2200, Make go-around, contact OSAKA Departure 119.5 」(2200便、ゴーアラウンドしてください。すぐに大阪出発管制官にコンタクトしてください)

  続いて管制官はランウェイ32L上の18便に待機を指示し、続いて我々442便には32Rを横断する許可を出した。
「All Nippon 442, cleared to cross runway 32R at W-8, contact ground 121.7」(442便、W-8から32Rを横断を許可します。地上管制官にコンタクトしてください)
「Roger, 442, cleared to cross 32R, contact ground, thank you」

「クリアクロス32R、了解!」
  応答しながらふと上を見上げると、特徴ある双発リアエンジンのDC-9型機がランウェイの真上を通過しながら上昇していくのが見えた。
「ありゃ、後ろの飛行機ゴーアラウンドしたねぇ。なんかあったかな。こっちの飛行機は離陸スタンバイさせられちゃったもんねぇ・・」

  そんなことを呟きながらも、左右に目線を走らせながら慎重にステアリングを操作してパーキングスポットへと飛行機を走らせる。タクシー(地上走行)中は一瞬も気を抜くことは許されない。複雑に入り組んだタクシーウェイを間違えないように、そして空港中を走り回っている「働くくるま」にも注意を向けなければならないのだ。もちろんヘッドセットから聞こえてくる管制官や他の飛行機のボイスへの注意も抜かるわけにはいかない。


  いかがでしたか。これは私が442便に乗務していた時に実際に体験した出来事です。この後18便はそのまま離陸を許可され羽田に向けて飛び立ちました。もちろんその後になってしまいましたが大分行きの181便も無事離陸していきました。

  この事象は国土交通省によって直ちに航空重大インシデント(*)に認定され、詳細な調査が行われました。この文章は翌年の2010年11月に公表された調査報告書に基づき、442便の機長席にいる私の視線で再構成したフィクションです。従って詳細な部分については省略したり、分かり易いように書き換えている部分もあることをお断りしておきます。

(*)重大インシデントとは、インシデントの中でもとりわけ危険度が高く、事故に結び付く可能性が高いと考えられる事象を言います。

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