このテネリフェの事故を契機に、安全への気運が一気に高まったのは言うまでもありません。最初に述べた「減らない事故」を減らすためにまずやらなければならなかったことは、これまで起こった事故の綿密な再調査でした。そしてその結果、これまで「パイロットミス」や「機器の故障」、「天候の悪化」が原因であった、などと簡単に片付けられていた事故の内の多くが、実はコクピットクルーの行動とパフォーマンスにその要因があり、コックピットクルー個々の知識や技倆には関係なく、また機材などに致命的な不具合が無いにもかかわらず起ってしまった、といったケースが数多く含まれていることが明らかになってきたのです。
これは、たとえば単純に「パイロットミス」といっても、その裏側にはミスを引き起こさせる何かが存在し、しかも人間というものの特性上、そのワナに掛かってしまうのを防ぐことが非常に困難であるらしい、ということを意味しています。 たとえテクノロジーがいかに進化しようとも、またパイロットに対していかに厳しい訓練を課したとしても、そこにはまだ人間そのものの特性に起因する事故が起こる余地が残されている、ということなのです。
「コックピットクルーの行動とパフォーマンス」についての研究と過去事例の検証作業は、テネリフェの惨事をきっかけに急速に進み、事故から2年後の1979年には、NASA(アメリカ航空宇宙局)のワークショップによる以下の7項目の分析結果が発表されました。
① 職務の委任と責任の分担が不適切だった
② 優先順位を論理的に確立できなかった
③ 重要な計器やシステムの継続的なモニターとクロスチェックを怠った
④ 問題を注意深く見極めず、小さなことに没頭してしまった
⑤ 入手し得るあらゆるデータが利用できなかった
⑥ 全ての方針や各人の意図の明確な意思疎通がおろそかになった
⑦ PIC(Pilot-in-Command:その便の機長)がしっかりとしたリーダーシップを発揮しなかった
そしてこれらの分析結果を踏まえ、コックピットクルーのパフォーマンスをより高めるための新しい訓練技法が開発されることになったのです。それがアメリカのユナイテッド航空の主導で開発された、CRMと呼ばれる新しい訓練技法でした。
このCRM、当初はコックピットリソースマネジメント(Cockpit Resource Management)の略称だったのですが、航空会社の中に広まるにつれてその有効性が実証され、これをコックピットクルー(運航乗務員:パイロット)のものだけで終わらせるのはもったいない、キャビンクルー(客室乗務員)などコックピット以外のクルーにも適用すべきだとの声が上がるようになりました。そこで「コックピット」を「クルー」に置き換えてクルーリソースマネジメント(Crew Resource Management)と呼ばれるようになったといういきさつがあるのです。
ところで先の7つの項目をよく見てみると、大雑把に二つのグループに大別できることがわかるでしょう。たとえば①⑥⑦の3項目はクルーメンバー間のチームワークに関わるものであり、残りの②③④⑤は問題の解決方法に関わるものです。 つまりこの分析結果を簡単に言い換えると以下の二つに集約されます。
「チーム機能の活用」が不十分であり、かつ
「問題解決のための思考力」に不足があった
そういうことならば、この「チーム機能の活用力」と「問題解決のための思考力」を付与する方策さえ見つければ、あの「減らない事故」を減らしていくことが可能である、ということになるわけです。
これからこのCRMの考え方を紹介するつもりですが、それに先立って次節では人間の特性と限界、そしてその結果として発生するヒューマンエラーについて考えておきましょう。