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4-5-2 コミュニケーションエラーと人間

  人は誰もエラーをしたくてするわけではありません。第3章で書いた通りほんのわずかな心の隙、18便のインシデントの場合であれば、見えている着陸機までの微妙な間隙でうまく離陸できるだろうか、という期待と焦りが作用してしまったのかもしれません。そしてそこに絶妙なタイミングというか、悪運というべきか似たようなコールサインの便が登場し、周波数チェンジの狭間でその存在を知らないままに、ワンエイトワンをワンエイトと聞いてしまった。さらに偶然にも同時に無線を発信したことにより自分のボイスはかき消されてしまったことにも気付かなかった。しかも二人とも。

  さらに4-4ではチーム機能を活用し、アサーションによって最後の結果事象さえ食い止めれば、事故は防げると説きました。しかしこの18便のようなケースであればそれさえも、つまり偶然のいたずらによって二人ともが思い込みの罠にすっかりはまってしまえば、チーム内の相互監視もアサーションも発揮のしようはないのです。

大阪空港管制塔


  しかも管制官の側にも悪運は付きまとっていました。18便に対してランウェイ32Rの横断を許可し、ランウェイ32Lの手前で待機するように指示を出した管制官は、ちょうどそこで担当時間が終了し後任の管制官と交代したのです。もちろんすべての引継ぎをしっかりと済ませてからの交代でしたが、後任の管制官が最初にした交信は32Rに進入中の442便に対する着陸許可を出すことでした。つまり「私」と無線でしゃべるところからその日の仕事が始まったのです。そしてその次に応対したのが離陸準備完了を通報してきた181便でした。  つまり後任の管制官は18便とは一切会話することなく、181便にランウェイ32Rへの進入の許可を出すところまで来てしまったということになります。

  442便が降下中に遭遇した402便の聞き違えの話を覚えているでしょうか。危ないなと思っていれば「All Nippon 442」と大事な部分を強調して話すことによって間違いをかなりの確率で防ぐことができます。つまり「警戒心」を持ってコミュニケーションすればエラーを防ぐことができるということです。  この管制官も、自分の受け持ちの中に「18便」と「181便」が同時に登場すれば、これは間違いやすいな、しっかり伝えなければと思い、普段以上に「18」、「181」と強調して発声したはずですが、そんな警戒心を持つ間もなく事態が進んでしまったと言えるでしょう。これもまた事故や失敗例でよく見られる、「間の悪い」状況が出来上がっていたと言えます。

  それじゃ結局なにかい、運が悪くて間が悪かったら事故になってもしょうがないってことかい!と憤る声が聞こえてきそうですが、もちろんそんなことはありません。パイロットは安全を請け負ったプロフェッショナルですからね。

答えは「警戒心」
  その答えは非常に単純です。それは、一つ一つの情報のやり取りをより確実に行えばよかったということ。
  いや当人たちはみなちゃんと確認しながら交信していたはずです。しかし人間は誰でも物事が順調に進んでいる時には警戒心が薄れていくのが普通です。この人間として当たり前の現象、つまり特性を知り、それを乗り越えていくための方策を探る、というのがCRMの目的だとすでに書きました。

Runway Stop Bar Lights


  もちろんCRMの前にはヒューマンファクターという非常に有効な防波堤があります。つまり装置や環境を整えてエラーが起こりにくくする科学ですが、この場合なら例えば無線送信が重なった時に、何らかのシグナルが出るような改良であるとか、あるいは滑走路に進入していいかどうかが目で見て確認できるような装置を作るとかいろいろ考えられます。
  実際誘導路の路面上に赤く点灯する灯火を埋め込んで、停止サインとするような施設が運用されている空港もあるにはありますが、コストや様々な問題でなかなか設置が進んでいないのが現実です。

  このインシデントの報告書では、類似コールサインの便が同時刻に重ならないように配慮することを国や航空会社に求めています。またやむを得ない場合はコールサインの末尾にアルファベットを一文字付け加えて、聞き間違えが起こりにくくする方法が提唱されています。この方法は実際にこの事例以降試験的に運用されていますが、発信する方からすればコールサインが長く負担が増えることになり、発信側でエラーが起こる可能性も否定できません。

  こう考えてくると、周囲からの援助や働きかけだけでエラーをなくすというのはなかなか難しいことであることが分かってきます。

確かにエラーをしてしまうのは人間ですが、そのエラーを防ぐ、つまりしないようにすることができるのもまた人間だけなのです。

デジタルデータの活用
  さらに、今時そんな重要な情報ならデジタルでやり取りすればいいのに、と思う人もいるかもしれませんが、もちろんそれはそれですでに実用化されているのです。ACARS、そしてCPDLCと呼ばれる装置です。

  ACARS(Aircraft Communication Adressing and Reporting System:航空機空地データ通信システム)は1990年代には搭載が始まり、すでにおなじみの通信機器です。もっぱら気象情報の取得やウェイトアンドバランス(飛行機の重量および重心位置計算)データの提供などに活躍してきました。
  しかしVHF(超短波)電波を利用して通信が行われるために、通信可能な距離は短く信頼性に劣るということで、長らく管制許可など重要な情報に関しては単独で使用してはならない、という決まりになっていました。ただ最近になって空港における無線交信の混雑を避けるために、地上におけるATCクリアランス(管制承認:飛行計画の許可)の発出に利用されるようになってきています。

  CPDLC(Controller-Pilot Data Link Communications:管制官パイロット間データ通信)はHF(短波)を利用しているため到達範囲が広く、主に洋上管制(太平洋上など、VHF通信が不可能な広い地域をカバーする管制業務)に使われています。もともと洋上ではパイロットからの位置通報のみによって管制が行われていたために、相互の間隔の維持や高度の変更は非常に面倒な作業でした。
  しかしこのCPDLCの登場によって、例えば南シナ海の真ん中で積乱雲に行く手を阻まれそうになっても、データ通信によって直ちに回避飛行の許可をもらえるようになりました。また、定期的な位置情報の通報が不要になるなど、国際線パイロットの負担も大きく軽減されたのです。

FMS/CDU
FMS/CDU(Flight Management System / Control Display Unit:飛行管理システム・入出力装置)
ACARSで送られたデータがCDUに入力されFMSで使用される


  じゃあもっとデジタル通信を活用したらこんなインシデントはなくなるんじゃないの、と思われるのもごもっともですが、事はそううまくはいきません。
  これについては多分ここで何行も費やして説明するよりも、皆さんに普段のメールやチャット、ラインなどを使っている時のことを思い出してもらうのが一番早いでしょう。そう、とっさに何かを伝えたくてもすぐに文字を打ち込めないですよね。例えばあの2200便のように、目の前の滑走路に邪魔者が飛び出してきたらどうですか。いちいち文字を打ち込んで、それを見た管制官がまたキーボードに・・。
  やっぱり電話の方が話が早いよね。ほとんどの方がそう思った経験があるに違いありません。

マン・マシンシステム
  機械には機械のいいところ、メリットが沢山あります。しかし人間の側にもやはり人間ならではの長所が幾つもあるのです。互いのいいところをうまく使い分けられればそれに越したことはありません。
  このような機械と人間の複合体をマン・マシンシステムと言います。そうです、ヒューマンファクターはこのマン・マシンシステムを前提として、システム全体の効率を上げるため工夫をしようというものでしたよね。
  結局はシステムと人間がそれぞれ得意の分野を受け持ちながら共存していくしか他にないのです。

  このマン・マシンシステムの究極がコックピットだと言ったら言い過ぎでしょうか。いずれにしても、そんな中で人間の持ちうる限りの能力を発揮しなければならないのがパイロットであり、そのための一助となる考え方がCRMなのです。

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