ようやくCRMの解説にたどり着きました。どうしてこれほどの回り道をしなければならなかったのかというと、CRMはこれまで述べてきた「人間の特性と限界」に関する知識を踏まえ、さらにヒューマンファクターの考え方を理解した上でなければ、なかなかその概要を理解することが難しいからなのです。
とにかくこれまでのところから見えてきたものは、
「人間は単独ではエラーの発生を完全に防ぐことはできず、他の仲間やあるいは自動機械をうまく利用し、情報も上手に活用してエラーに対抗しなければ安全を確保できない」
という事実です。
従ってまずはこのことを理解し、その上でこれらの資源をうまく使いこなすやり方を学ぶ必要がありますよね。
そうです。それがCRMです。
このCRMの目的について、ICAO(国際民間航空機関)発行のヒューマンファクターダイジェストでは次のように記述しています。
「CRMの目的とは、すべてのリソースを最適な方法で、最も有効に活用することにより、より安全で効率的な運航を実現することである」
ここでいうリソース(資源)とは、自分の持っている知識や技倆だけではなく、他から入手できるもの、つまり計器類の指示や無線などで知ることのできる情報、そして同じ飛行機に乗り合わせている他のクルーが持っている情報や知識、手助けなど、コックピット内で利用可能なすべてのものを意味しています。
少しだけ固い言い方をすると、CRMとはある一定の考え方に基づく思考や行動の様式を人に植え付けることによって、人間が本来持っている弱点を克服し、目標を効率的に達成するための多角的アプローチである、ということになります。 そしてこの「一定の考え方」にあたるものが次に挙げるCRMコンセプトです。
CRMコンセプト
- 人間の特性と限界と(弱点)を知ることによって、その本来の能力をフルに発揮させようとすること
- 人間のエラーを未然に防ぎ、あるいは起こったエラーからの影響を早期に遮断するためチーム機能を最大限利用するとともに、利用可能なすべてのリソースを十分に活用することによってリスクの集積を防ごうとすること
そして、そのためにコックピットの主人公である「人間」に焦点を当て、クルー全体としてのパフォーマンスを上げるために個々の人間はどんな思考をし、行動すべきなのかについて考えるきっかけを与えようとするのがCRM訓練なのです。
従ってCRMは何かが起こった後の「応急処置」や「対症療法」の類では全くなく、あるいは何か特定の作業やケースに備えたシナリオを描いて覚えこませたりするような訓練プログラムでもありません。
パイロットたちはこのCRM訓練を通じてまずは人間の特性や限界を知り、同時にこのコンセプトを理解します。さらにコミュニケーション、役割分担、リーダーシップ、問題解決などの単元ごとに、様々な実例や現実のシーンに当てはめて考える機会を与えられる中から、様々な状況の下でどんな思考や行動の仕方をすればいいのかについて自分で気付き、そして自分を変えていくことを求められるのです。
※このCRM訓練のさらに具体的な内容については、元産能大学の斉藤貞夫氏と共著で出版した「機長のマネジメント」(産能大出版)に詳述しています。
実はパイロットの「落ちない力」のかなりの部分はこのCRMに依っています。そういうわけでこの先の話の中には、CRMコンセプトに基づいた思考方法や行動様式がしばしば登場することになるはずであり、そのあたりでさらに具体的なイメージをつかみ取っていただければ幸いです。